DO YOU LOVE ME!?


 先週の土曜日はが所属する吹奏楽部の練習があり、日曜日は男子テニス部の他校との練習試合がある日だった。先々週の土曜日はリョーマは部活でテニスをし、日曜日はが部活で吹奏楽をしていた。その前の週の日曜日は珍しくお互いに休日で、一緒にウィンドウショッピングをしにいった。そしてその途中でうっかり桃城と英二にあってしまい、結局最後まで一緒に遊んでしまったために折角の休日だったのにデートと呼べるものにはならなかった。同じ週の土曜日は吹奏楽部は野球部の試合の応援に行き、テニス部は校内ランキング戦の最終日で、まったく会う余地がなかった。
「それで、今週の土日もお互い部活だってわけね」
「うん」
 トランペットのマウスピースを吹きながら言うがうなずく。しゃべりながらも、の手は超極細繊維の布でアルトサックスを磨き続けている。多少傷がついていることは否めないものの、ぴかぴかときれいにきらめく金色を陽の光に反射させて、満足そうに微笑んだ。そのの横で、が分からないといった風に首をかしげる。
「ねえ、それでいいの? は」
「それでいいって……なにが?」
 サックスの傷なら気にしてないよ、と続いたの答えに、がはああ、と盛大なため息をつく。悠長にぴかぴかのアルトサックスを見て喜んでいるを見て、のかわりに悩んでいる自分がばかばかしいとばかりに、吹いたマウスピースをマウスパイプに差し込んだ。手入れが終わったペットを持ち上げて、それでもやはり気になるのか、ペットの確認をしながらも言う。
「あのさ、がゴーイングマイウェイなのは知ってるけど、あんまりのんびりしすぎてるとそのうち他の誰かに」
 言いかけたの言葉をさえぎるように、が、あ、と声を出した。うっとりと見ていたサックスから目を離してが視線をやる方へも目を向ける。直後、第一音楽室の後ろの扉が開いて、あきらかにこの場にはそぐわない格好をした人物が姿を見せた。赤と青のラインが入った白いユニフォーム、男子テニス部のレギュラージャージを着ている。ラケットは持っておらず、頭には白いフィラのキャップ。
 青学の現役生徒で知らない人はいないだろうというくらいに有名な一年ルーキーの登場に、室内が一気にざわついた。近くにいた友達と顔を見合わせて、ミーハーに高い声をあげる部員もいる。
 一気にうるさくなった音楽室に顔をしかめて、扉をあけた張本人は声を張り上げた。
先輩、いる?」
、ちょっと、呼ばれてるよ!」
 が急いで首にかけていたサックスのつりひもを取る。なぜか隣でよりも慌てているにサックスとつりひもを渡すと、はリョーマのところへ駆けた。突然の予想外の訪問者に笑顔を見せつつも、不思議そうに首を傾げる。
「リョーマ、今日は部活じゃなかった?」
「部活。今は休憩時間なだけ」
「あ、なるほど」
 納得したようにうなずくの腕を取って、リョーマが軽くひっぱる。
「ねえ、時間あるんならどっかで話さない?」
 は時計を見上げると、嬉しそうに微笑んだ。練習開始時間まで、まだしばらく余裕がある。とリョーマが音楽室を出て扉を閉めると、途端、音楽室が一気にさわがしくなった。
「なになに、先輩と越前君ってなんなの?」
「あれが噂のテニス部ルーキーね! 初めて見た!」
 いろんな声が聞こえてくる音楽室に、リョーマが疲れたように肩をすくめる。は笑いながら、こっちだよと廊下を左へ歩き出した。そう遠くはないが、第一音楽室に比べて小さく分かりにくい場所にある第二音楽室へ迷わず向かうと、その扉を開ける。鍵がかかっていないことが当たり前だと言うかのように、扉はすんなりと開いた。
「ようこそ第二音楽室へ。あまり人が来なくて、お気に入りの場所なの」
「へえ……初めて来た」
 室内は通常使っている教室よりも狭かった。扉を開けてちょうど前方には小さめの黒板があり、ドアの対角線上には大きなカバーがかかったグランドピアノが置いてある。きちんと並べられていない生徒用の机は、椅子がセットになった窮屈で簡易的なものだ。
 は生徒用の机の隙間を通ってまっすぐグランドピアノまで向かうと、その椅子を引き出してはしっこに座った。リョーマの方を振り向いて、椅子の空いている部分をぽんぽんと叩く。
「どうぞ、リョーマ」
 リョーマもが通った同じ道筋をたどり、背もたれのない横に広い黒い椅子の、があけたスペースに腰掛ける。ピアノ用の大きめの椅子といってもそもそもは一人用のもので、二人が座ると余分な空間はなくなった。自然と身体の距離が近くなる。
 最初から決めていたように迷わずピアノ椅子に座ってリョーマを呼んだの様子を思い出して、リョーマはふうんと呟いた。
「もしかして誘ってんの?」
「……何に?」
 脈絡のない質問にが首をかしげる。しらばっくれているのではなく、眉根を寄せて本気で悩み始める。が決して策士ではないということは充分に知っていたはずのに、どう考えても期待するのは間違っていた。
 ちょっとした自分の質問にいつまでも頭を悩ませているの様子に、リョーマは思わず口元をあげた。いつまでたっても正解には辿り着けないであろうの思考を止めるために口を開く。
「やっぱ、なんでもない」
「……なんでもないって言われても、途中で止められると気になるよ」
「じゃ、分かるまで気にしといて」
 そっけなくはぐらかすリョーマにが頬をふくらませる。しばらく悩み、その途中で何か別のことを思い出したのか、ぱっと顔を明るくした。
「そういえばこの前の練習試合で、リョーマ、勝ったんだよね」
 嬉しそうに笑って言うの言葉に、リョーマは訝しげな顔をした。
「そうだけど、なんで知ってんの?」
「不二に聞いたの。リョーマの圧勝だったって」
 ラヴゲームなんてすごいね、と喜ぶとは対照的に、リョーマはわずかに眉をあげた。同じクラスだからかは頻繁に不二の名前を口にする。リョーマは面白くなさそうに声のトーンを落として言った。
「なんで不二先輩に聞いてんの? 俺に聞けばいいじゃん」
 明らかに不機嫌になったリョーマを、なぜ急にリョーマが目じりをあげるのか理由がつかめないが不思議そうに見る。
「試合がある日は疲れるって不二が言ってたから、リョーマにメールするの悪いなと思って。ほら、不二なら月曜の朝から教室で会うから、一番早く聞けるし」
 至極まっとうな理由だと言わんばかりに言うの言葉に、リョーマはますます目付きを鋭くさせた。
「電話やメールが出来ないほど疲れるわけないじゃん」
「でも、もし疲れて寝てる時に電話すると迷惑になるかなって」
「別にいいよ。気にしないし」
「だけど……」
「あのさ」
 食い下がるの言葉をリョーマが止める。白いフィラのキャップをぐっと深くかぶり直し、狙ったようにキャップの下からリョーマは真直ぐにを見上げた。
先輩は、ほんとに俺のこと好きなの?」
 突然言われた予想だにしなかった言葉に、が目をぱちくりさせる。数度頭の中で言われた言葉をくり返し、数秒送れて頬を真赤に染め上げた。
「え、え、なに、突然」
「いいから。答えてよ」
 真直ぐにの眼を捉えて離そうとしないリョーマに、は頬を上気させたまま居心地が悪そうに視線を泳がせた。時折ちらと伺うようにリョーマの方を見て、絡んだ視線によりいっそう頬を染める。
 グランドピアノの側面に押さえつけられるように、ゆっくりと顔を近くまで寄せられ、恥ずかしいとばかりに口をきゅっと結んでいたは、観念したように唇を緩めた。リョーマの方を見ればすぐに絡む視線をそのままに言う。
「好き、だよ」
 リョーマが聞きたかっただろう言葉を告げ、満足したリョーマの顔が離れていくかと思ったが離れない。逆にさらに近づいてきて、はあわてふためいた。リョーマがからかうように赤く染まったの頬に唇を押し付ける。
「好きって、なにを?」
「なにをって」
「誰を、好きなわけ?」
 頬から唇を離したリョーマがにやりと笑う。が怒ったように眉根を寄せてみせるが、まったくと言っていいほど効果はない。有利に笑みを見せるリョーマにどうしようもなくなり、せめて、だから、と前置きを付け加える。
「リョーマを」
「俺を、なに?」
「リョーマ、が、好き」
 リョーマが口元をあげて笑う。顔を寄せ、自分の唇でのそれを塞ぐ。頭に手を添え、会えなかった日がどれだけ寂しかったのかを表すかのように、あるいは心に浮かんだ不安を掻き消すかのように何度も何度も口付ける。
 力が抜けて床に座り込み、息が続かなくなったのために唇を離し、その代わりに腰を引き寄せる。

 名を呼んで、リョーマがもう一度、ゆっくりとの唇に自分のそれを落とそうとした時、ガラガラという大きな耳障りな音が聞こえた。一箇所しかない第二音楽室の扉が開き、誰かが部屋の中へ入ってくる。侵入者は部屋の中を見回し、ちょうどグランドピアノで死角になっている二人に気付かないまま首を傾げた。
「うーん、いつもここにいるから絶対にここだと思ったんだけど」
 別の誰かの足音がさらに聞こえ、第二音楽室の床が鳴る。にとっては聞き覚えのある後輩の声が聞こえた。
「いないですね、先輩」
「おかしいなぁ」
 最初に部屋へ入ってきたが困ったように腕を組んだ。他に心当たりはないのか、小さくうなる。考え込んでしまったの姿を見て、後輩も困ったようにその場に佇む。
先輩、もしかしたら」
 話しかけようとした後輩の声に覆いかぶさるように、どこからかテニスラケットのインパクト音が聞こえた。後輩が言葉を止め、なにかに気付いたが窓の方を向く。
「テニス部の方はもう練習始まっちゃったか」
 扉のすぐ横の窓を開けると、そこからは広いテニスコート全体がきれいに見渡せた。眼を凝らさずともテニス部員達が打ち合っている様子がよく見える。がふっと口元をゆるめた。
「ま、越前が一緒なのにこの部屋には来ないか。窓開けたらテニスコートがよく見える部屋だなんて、越前のこと見てますって言ってるようなもんだもんね」
「あ、やっぱり先輩と越前君って付き合ってるんですか?」
 興味津々といった感じで聞いてくる後輩に、が当然、と頷く。
「それぞれ部活が忙しくてあんまり会えないらしいんだけどね。練習の邪魔したら悪いからって、会えない日は休憩時間にここから見てるだけなんて健気よねぇ」
「そりゃあ、相手も部活頑張ってるのに、そのせいでこっちが寂しく思ってるだとか、相手の負担になるんじゃないかって思うと中々言えないですよ」
「なにそれ、彼氏がいないあたしへのあてつけ?」
 意地悪くにやりと笑って言うに、後輩が慌てたように違いますよと弁解する。わたわたと慌てて、なにか話題を変えようと、そういえば、と言葉を繋げた。
「この前の日曜日、吹奏楽部で野球部の応援に行ったじゃないですか」
「確か、先月末だっけ?」
 の相槌に後輩がうなずく。
「あたし、野球部の男子に知り合いがいるんですけど、その知り合いが先輩に一目惚れしちゃったらしくて。紹介してくれって頼まれてるんですよ」
 後輩が言葉を全て言い終えないうちに、突然、第二音楽室の中で不自然な音がした。立ち上がった時に椅子が動いて鳴るような耳にうるさい音がする。
「誰、それ?」
 誰もいないと思っていた教室の中から不機嫌極まりない声が聞こえ、は勢いよく声がしたグランドピアノの方を振り返った。わずかに遅れて後輩もの視線を追う。
「越前! いつからそこに」
先輩!」
 頬を赤く染めてグランドピアノの後ろから顔をのぞかせるの姿を見つけて後輩が叫ぶ。は二人が繰り広げた会話を思い浮かべ、なんともいえない表情で小さなため息をひとつついた。
「ねえ、誰それ? 野球部の男子って」
 のため息に気付いているのかいないのか、リョーマが低い声で聞く。その威圧の強さに、聞かれた後輩がたじたじとなってうろたえた。ええと、あのう、と口ごもり、蛇に睨まれた蛙のごとく固まってしまう。
 見かねたが後ろからそっとリョーマに声をかける。
「リョーマ、そんなに気にしなくても」
 なんとか落ち着かせようとがやんわりと言うが、余計火に油を注ぎ込むことになったのか、リョーマはぴくりと眉を動かしてを見た。
「気にしないわけないじゃん。それとも先輩は気にして欲しくないわけ?」
「え、っと、そういうわけじゃなくて」
先輩は野球部の誰かさんと仲良くなりたいんだ?」
「そうじゃないよ!」
「じゃあなに?」
 いつの間にか会話が不毛なやり取りと化しているとリョーマを見て、は小さく首を振って大きくため息をついた。も後輩もこの場にいるのに、存在を忘れられてはいないだろうか。このまま放っておけば、下手したらいちゃつき出しかねない。つい数十分前まで二人の仲を心配していた自分が馬鹿のようだ。
 はもう一度ため息をつくと、この状況を打破するべく、結構大切な事だろうにまったく気付いていない様子の越前に向かって大きな声で言い放った。
「どうでもいいけど越前、テニス部の練習もう始まってるみたいなんですけど」

20070304 執筆
thanks counter hit 1234!! for 空大さん
(リクエスト:ヒロイン年上で越前甘夢)
※空大さんのみお持ち帰り可